メニューを飛ばして本文へ

根本 匠ねもと
たくみ

衆議院議員

福島第2区

(郡山市・二本松市・本宮市・大玉村)

ACTIVITY REPORT

活動報告

そのとき、
匠が動いた!

根本匠は、どの法律や制度を駆使すれば問題を解決できるのか、
その能力に長けています。政策本位ひとすじ、政策通の
根本匠だからこそ実現できた、実績の一部をご紹介します。

郡山・二本松・本宮・大玉の至る所で、根本匠の実績があります。

郡山市
国道4号「あさか野バイパス」立体交差化
国道4号バイパス(郡山市内各地)防音壁設置事業
市道大町横塚線(美術館通り)事業
郡山駅西口再開発
21世紀記念公園「麓山の杜」
郡山総合地方卸売市場開場
内環状線(富田町区間)道路整備事業
駅前大通りアーケード建替え事業
水循環・再生下水道モデル事業「せせらぎこみち」事業 (西ノ内〜若葉、台新〜開成)
なかまち夢通り(うすい通り)整備事業
古川、横塚、古坦等「阿武隈川ポンプ場」設置事業
内水面水害対策(日出山)常設プンプ場設置事業
中町地区 事業再生支援
陸上自衛隊 郡山駐屯地の存続
南川浸水対策事業
大安場史跡公園整備事業
郡山東部土地改良事業における受益者負担軽減を実現
ニコニコこども館建設と開成山野球場改修事業
広域
国道4号 福島市・郡山市区間完全4車線化
国営かんがい排水事業「新安積地区」(安積疏水整備事業)
阿武隈川・平成の大改修
福島県産米の出荷自粛問題改善
二本松市
二本松駅前周辺 都市再生整備計画
六角川 床上浸水対策特別緊急事業
あだたら清流センター 下水道事業
岳温泉 地方の元気再生事業
岳地区 特定環境保全公共下水道事業
岩代地区 二本松市道存ぎょう線整備事業
岩代地区 屋内ゲートボール場(お達者道場)
国道349号線建設促進
国道459号戦整備促進
青年就農給付金の受給アドバイス
げんきキッズパークにほんまつ(屋内遊び場)拡張
プレイリーダー育成
二本松市城山市民プール
本宮市・大玉村
みずいろ公園整備 
平成大橋整備
安達太良大橋整備 
新安達橋(中ノ橋)整備
大山・松沢線(安達太良ドリームライン)整備事業
地域再生計画「花見の里 福舞里」プラン推進
本宮駅周辺環境整備事業
スマイルキッズパーク(屋内運動施設)増築
プリンス・ウィリアムズ・パーク(屋外運動施設)
プレイリーダー育成 
本宮市高木地区パークゴルフ場
本宮市子ども屋外プール整備事業(本宮まゆみ小学校内)
大玉村民屋内運動場&駐車場

そのとき、
匠が動いた!

阿武隈川・平成の大改修
(二本松篇・輪中堤)

数年に一度、暴れ川となる阿武隈川。平成10年8月、記録的な豪雨が断続的に続いたことにより阿武隈川が氾濫。二本松・安達地区は無堤防地区であったため、国道4号が冠水し一時通行止めになるなど多大な浸水被害を受けました。しかし、この地域は山々に挟まれた狭い場所に家屋が点在していて、従来の「連続堤方式」では家屋や田畑の多くを堤防用地にしなくてはならなくなり、また、完成までに多額の費用と期間が必要になってしまいます。さらに悪いことに、平成13年に河川整備検討委員会が設立され、地域の方々と洪水対策について意見交換がスタートした翌年7月に洪水が再発。早期の整備が求められました。

そのとき、
匠が動いた!
平成28年10月末に総事業区間9.0kmに達する地域の河川整備が完成

地元の惨状をヘリコプターから目の当たりにした根本匠は、阿武隈川など関連河川の改修を急ぐ必要があると判断。対象区域を地形・氾濫携帯・資産及び想定被害状況等から8ブロックに分割し、従来の「連続堤方式」の他、洪水から人命や財産・暮らしを優先的に守る「輪中堤方式」や「宅地嵩上げ方式」なども比較検討し、そのブロックのニーズに則したベストの方式で洪水対策を行うことにしました。さらに、輪中堤の外側の氾濫を許容することとなる区域においては、新たな住宅が立地しないよう建築基準法の災害危険区域に指定。遂に平成28年10月末に総事業区間9.0kmに達する地域の河川整備が完成しました。

そのとき、
匠が動いた!

なかまち夢通り

長年停滞してしまった郡山駅西口再開発事業の余波は、古くから地域一番の繁華街として賑わいのあった「郡山市中央商店街」にも悪影響を及ぼしました。郊外型大型店の相次ぐ出店やバブル崩壊による価格破壊により空き店舗の発生や来街者の減少など、全国的に問題となっている中心市街地の空洞化が顕在化し始めたのです。そこで郡山市中央商店街振興組合の皆さんは「エレガントでダンディーな街」をコンセプトに、世代を超えて楽しめるユニバーサルデザインの街づくりをめざし「道路高質化事業」に着手。中小企業庁のリノベーション補助金を活用し、国・県・市が3分の1の5000万円ずつ負担、総額1億5000万円の事業費で整備事業がスタートする予定でした。ところが、国からの内示が来てみると5000万円が3500万円に減額され、県・市も横並びになるので総事業費が1億500万円にしかならず、計画通りの事業完遂が難しくなりました。

そのとき、
匠が動いた!

商店街や中心市街地の魅力向上への取り組みを支援するために設置された中小企業庁に「総事業費1億5000万の事業が1億500万円に減額されたら事業自体成り立たない。全国のトップを切って中心市街地活性化法を適用させたまちづくりの先進都市、その中核となる郡山駅西口再開発事業に付随するプロジェクトだから失敗は許されない。予定通り遂行すべき」と政策論を展開。それが功を奏し、満額となる1億5000万円を確保。さらに3年後には、郡山駅前大通商店街振興組合のアーケードリニューアルの際でもリノベーション補助金を獲得。3年間で2箇所もリノベーション事業を行うのは他に見たことがないと、来郡した片山さつき議員も驚く偉業となったのです。

そのとき、
匠が動いた!

原発事故からの里山再生・林業再生

東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う福島県内の除染について環境省は、人の健康の保護という観点から、これまで住宅や道路などの除染を優先的に行ってきました。一方、森林の除染は、森林が県土全体の約7割という広大なエリアを占めるため、住宅や農地に隣接する森林についてのみ生活圏から20m以内のエリアと、キャンプ場やキノコ栽培など人が立ち入る場所のみを行うこととしました。ところが、県内の市町村や森林組合の方々から森林の全面除染に向けた調査研究を続けてほしいなど見直しを求める声が多数寄せられるとともに、福島県からも強い要請を受けました。

そのとき、
匠が動いた!

故郷の思いに応えるべく立ち上がった根本匠は、森林を住民が立ち入る可能性のある「里山」と、それ以外の「奥山」に分類。「里山」では、都市と山村の交流の場として全国的に見直されてきた里山を復活させることを基本方針にした「里山再生モデル事業」を立ち上げました。散策道や林道、休憩所、駐車場など地域の要望を踏まえながら実質的に除染対象を拡大することを決断。また、人があまり入り込まない「奥山」は、間伐等の森林整備と放射性物質対策を一体的に実施する事業や、林業再生に向けた実証事業などを行う「林業再生モデル事業」を実施することで、森林の放射線量のモニタリング、放射性物質の動態把握や放射線量低減のための調査研究に引き続き取り組みながら、森林・林業の再生のためのプログラムを将来にわたって継続していくことを決めました。縦割りではなく、各省庁が横断的に一丸となって物事を解決する「根本匠タスクフォース」のように、除染を管轄する環境省、林業担当の農林水産省、復興を担う復興庁の3つの省庁のプロジェクトとして根本匠がまとめ上げたのです。

そのとき、
匠が動いた!

美術館通り

昭和62年より分譲を開始した郡山東部ニュータウン。平成4年には郡山市立美術館が開館と、郡山市東部エリアの開発が進む一方、そこまでのアクセスは相変わらず不便なままでした。そこで、これらのアクセス改善のため「美術館通り」が計画され、平成8年には東部幹線から東部ニュータウンまでが開通しました。並行して、最大の障壁である郡山駅西口へとつながるJR線路下のトンネル工事も計画されていましたが、トンネル工事には総額20億円くらい必要なところを、毎年5億円の予算では遅々として進まず、工事が行き詰まってしまいました。

そのとき、
匠が動いた!

平成5年に衆議院議員に立候補し初当選した根本匠の選挙公約の一つであった「郡山駅西口再開発の推進」。その最終課題がこの「東口への横断トンネル」でした。根本匠は2つの財源に着目します。一つは、毎年5億円が事業計上されていた当初予算だけでなく、補正予算でも予算をつけるということ。もう一つは、このトンネルが東部幹線から郡山東部ニュータウンまでの「美術館通り」に接続するところから、ニュータウンに必要となる道路や公園などの整備を目的とした「ニュータウン関連公共施設整備予算」を活用するということ。これらを事業費にすべて充当することで単年度で41億円を確保。この事業費をフル活用することでJR線路下のトンネルを一気に開通させることができたことに加え、美術館通りにふさわしい明るい照明と壁面デザインを施すことができました。

そのとき、
匠が動いた!

21世紀記念公園「麓山の杜」

日東紡績郡山第一工場跡地を80億円で取得したものの、どのように活用するかを計画しておらず、バブル直後だったこともあり、利子だけで年間5億円を払っていた郡山市。当時の藤森英二市長とこの土地の活用法について議論した根本匠は、大震火災等の災害が発生したときに救護救援活動の前線基地や救援物資輸送の中継基地として地域防災の拠点となる「防災公園」にするアイデアで一致。ここで「防災公園」に必要な面積は10ヘクタール以上という規定が大きく立ちはだかりました。

そのとき、
匠が動いた!

日東紡績郡山第一工場跡地の面積は約3ヘクタールしかありません。これだけの広さでは、防災公園として整備するための国土交通省の補助金が受けられません。そこで根本匠は、この土地とはやま通りを隔ててある麓山公園までを一つの防災公園エリアに見立て、これら全体で防災公園に必要な面積10ヘクタール以上をクリアすることを提案。根本の采配のもとで見事、防災公園として採択され、平成15年4月に「21世紀記念公園 麓山の杜」として開園させることができました。この公園は市民の新たな憩いの場所となるとともに、このとき整備された備蓄倉庫や耐震性貯水槽が8年後、東日本大震災で生かされることになるのです。

そのとき、
匠が動いた!

小さな命を救う、「世界の常識」を日本に!
小さな命を救う、「世界の常識」を日本に!

どの法律や制度を駆使すれば、この国難を乗り越えることができるのか?
政権政党である自由民主党の“ど真ん中”に立ち続ける根本匠の卓越した政策立案能力と、揺るぐことのない政策遂行能力がいま、一筋の光明となる。

【 母乳バンク設立に向けて 】早産などで1500グラム未満で生まれた赤ちゃんは「極低出生体重児」と呼ばれ、腸管が壊死してしまう壊死性腸炎という病気にかかりやすいと言われています。この病気にかかった赤ちゃんは腸が破れ、非常に小さな赤ちゃんが多いため、最悪の場合、亡くなってしまいますが、各国の研究で、生まれた直後に粉ミルクではなく母乳を与えることでかかりにくくなることが分かってきています。ただし、出産直後の母親は母乳が出にくいケースが多く、ましてや、何かしらの理由で早産となってしまった母親はなおさらです。このような赤ちゃんを救うため、昭和大学病院の水野克己教授は、留学先のオーストラリアで見た「母乳バンク」を2013年に開設。その後、活動を拡大しようと、2017年に「日本母乳バンク協会」を設立しました。ただし、活動拠点は4畳ほどの部屋で、メンバーは水野教授と助産師でもある奥様の2人だけ。ヒト・モノ・カネのすべてが足りないため、安定した供給体制を作ることはできませんでした。

そのとき、
匠が動いた!

安定的な供給体制を築くために水野教授は、厚生労働大臣だった根本匠と会い、「母乳バンク」の必要性を説きました。実は、この「母乳バンク」の取り組みは、過去に厚生労働省の研究の対象となり、支援を受けたこともあったのですが、「水野教授による自主的な取り組みを見守る」として、あくまでも限定的な支援に留まっていたのです。水野教授の話を聞いた根本も「母乳バンク」の必要性を認識し、全国的に対応できるように、すぐに省内で議論を始めるよう指示しました。「これで動く」水野教授が確信した直後の2019年9月、驚きのニュースが飛び込んできました。内閣改造が発表され、根本が厚生労働大臣を退任することとなったのです。この報を受け、水野教授は国の支援が受けられないことを覚悟しました。

3ヶ月後、水野教授のもとに根本から「もう一度、話を聞きたい」と連絡が入りました。行ってみると、そこには根本だけでなく、関心のある国会議員と厚生労働省の担当者が集まっていました。根本が大臣退任後も、厚生労働省と調整を続けていたのです。それから2ヶ月後の衆議院予算委員会で、厚生労働省の担当者が2020年度から3年間、研究推進のための財政的な支援を行うことを明言。2020年9月1日には日本橋に母乳バンクもオープン。これにより、小さな命を救う道が大きく開いたのです。